|
written by Ken Kawamura
こちらのページでは、僕、川村ケンの歴史を、“ミニモーグ”というキーワードとリンクさせつつ、
|
フロントの「minimoog」のロゴは、もともと木目の剥がれがあった場所に、赤いガムテープを貼り、黒マジックで、当時やっていたバンドのドラマーでもあり、後に緑ちゃん(「思いどおりに作曲ができる本」)のデザイナーをしていたいだいた石崎さんにフリーハンドで描いてもらったものです。 当時のバンドの頃の写真です。 右側、真ん中が石崎さんです。 化粧は・・・まあ、そんな時代もあったねってことで(笑)。 |
大学の卒業と前後して、僕は厚見さんとお知り合いなることができました。
この辺りのいきさつについては、以下、2006年12月30日のブログをご参照くださいませ。
「2枚のソロアルバム〜きっかけは突然やってくる〜 」
http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/9854610321d37c6a2a3c9ff0f0dc83db
実はSHADY DOLLSに入る前にも、当時の斉藤光浩さんバンドのサポートギタリストであった佐藤克也さん(ご自身のTRASH GANG他、浜田麻里さん、葛城ユキさんバンドなど)に声をかけていただきまして、生まれて初めて“音楽の仕事”をしました。勿論、そんなに高いものではありませんでしたが、自分がキーボードを弾いて、ギャラがもらえるなんて。
名古屋、大阪、京都、岡崎と、初めてのまとまったツアーも経験いたしました。
勿論、クルマ移動で、しかも、僕のクルマ!(ハイエース)で行ったので、運転も僕でした(笑)。
平行して、佐藤克也さんと元プレゼンスのボーカルの西川茂さんのバンドに、アマチュア時代の仲間のバンド(↑上の写真のバンドね)と平行して、こちらにもメンバーとしてしばらく参加もしていました。ベースレスのハードロックバンドで(ベースは僕がシンセで打ち込んでました)、僕たち三人プラス、初代ドラマーはTRASH GANGの小室剛さん。そして、二代目ドラマーは、後にJUDY&MARYに加入して、大ブレイクをする五十嵐公太さんでした。
何度かライブも行いまして、レコーディングなども経験させて頂きました。
その後、オーディション(=アンド、飲み会(笑))を経て、SHADY DOLLSに加入するのですが、残念ながらSHADY DOLLS時代の写真に、ミニモーグが写っているものが無いんですよね。
デジカメとかもまだ無い時代ですから、そもそも写真自体がほとんど無いのです。
でも、ミニモーグはSHADY DOLLSに参加した最初のアルバム「砂漠のライオン」の1曲目「まるで馬の骨」(すごいタイトルだ(笑))から使っていて、ソロではないですが、テーマのバックで、ダブル・チョーキング奏法(勿論厚見さんから学んだものです)、それとタウラス風な音色にしたシンセベースで使いました。
確かPVがあったけれども、そのテープが見当たらない・・・。
その後、どのアルバムでも必ずミニモーグは使っていたのですが。
今聴くと、当時なりに結構厚見さんを真似したプレイなどがけっこうあって(歌のバックでミニモーグの高速アルペジオとか(笑))、恥ずかしくもありますが、懐かしいです。
当時、一応“ロックンロールバンドにミニモーグ”って取り合わせは、珍しかったと思いますよ。
成功したかどうかはともかく(笑)。
ソロとしては、参加して2枚目の「SHADY DOLLS」に収録されている「回転扉」、「堕ちてしまえ」、「MIDNIGHT SHUFFLE」、3枚目の「That’s life」では「やる気のない死神」などで弾いてます。
当時のファンクラブの会報などもチェックしましたが、恥ずかしい写真や文章はあるんですが(笑)、ミニモグが見当たらないのです。
ライブでも使っていたはずなんですけれども。
当時の写真、ビデオなど、もしもお持ちの方がいらっしゃったら、是非ご一報を。
・・・うーん、まず無いと思いますけれどもー。
メンバーに ツアー終了と共に速攻で剃りました。 髪の毛も結構長かった頃ですね。 1994年ということは、25歳です。 |
こちらは上の写真の、半年後くらいでしょうか。 これは、当時のファンクラブの会報の裏表紙のものです。 |
僕が参加していた頃のSHADY DOLLSの映像が、少しですが YOUTUBEにありました。
残念ながら、これらの曲ではミニモーグを使ってないんですが・・・。
オルガンはコルグ旧CX−3+レスリー147RV、ピアノはコルグSG−1Dです。
シンセブラスは、当時マスターにしていたローランドD70+スレーブとして、厚見さんの真似をして買った(笑)ローランドS50+コルグM1Rで作ってました。
SHADY DOLLS "SING A SONG"
http://www.youtube.com/watch?v=q9BtfOBRaXM
SHADY DOLLS "一人ぼっちの吉祥寺駅前"
http://www.youtube.com/watch?v=x4Gg-pebgK8&feature=related
SHADY DOLLS "裸の詩"
http://www.youtube.com/watch?v=ISJTSZJO4gk&feature=related
|
その後に参加したZIGGYさんのアルバム「WHAT'S NEWS?」からの1stシングル「Step By Step」(TV「名探偵コナン」のテーマ曲でした)でも使用しましたので、PVにはミニモグと一緒に出演しました。 後に発売された「ビデオでZIGGY」というPV集に、他にも僕が出演した「君をのせて」等と共に収録されていますが、もう売っていない上、 ・・・VHSです(笑)。
|
その後数年に渡って参加していた高橋克典くんのツアーでも、ミニモーグは勿論使っていましたが、こちらも写真などは見当たりませんでした。
野外ライブでチューニングがメタメタになって大変なことになった失敗談など、記憶には鮮明に残っていますが(笑)。
写真はハワイにて。 ジーンズ太っ(笑)。 |
2000年に参加したKEIKOちゃん(Globe)のソロツアーでのセットです。
ミニモーグソロも数曲で弾いてました。
これはリハーサル時のものですが、個人的にはコルグの純正スタンドの高さが合わなくて(低くて)、木の板を使って日曜大工でかさ上げした、オリジナルのキーボードスタンドが懐かしいです。
これはSHADY DOLLSに参加してすぐから7年、ずっと使っていました。
そして、本番。そうなんです、全然余談ですが、このツアーから、
あの「K-KAWAMURA」のネーム入りシルバーのアルミスタンドが導入されたのでした。
ツアーラストにて。
2001年の宇都宮隆さんのソロツアー「LOVE ICE」のセットです。
その後、今でも使っているイシバシ製テルミン(正面、Triton proの上の赤い箱)を初導入したツアーでした。
リハーサルにて。 初のバンマス仕事でもありました。
僕が参加した宇都宮隆さんのツアーは、翌2002年の「TEN TO TEN」ツアーと共にDVDとして発売されています。
「The Theory」や「Angel」で、アドリブ・ミニモーグソロがお聴きいただけます。
2003年、椎名へきるちゃんの「10CARAT」ツアーに初参加。
オルガンの下にぶら下がるようにセットされているのはスプリングリバーブで、バッテン印のところを蹴ると、あの「ガッシャン・リバーブ」となる仕組みでした。
毎回、アドリブでしたが、最長で約10分もオルガンソロ(本当にステージ上にたった一人で(笑))を弾くシーンがあったという、今では珍しい(笑)ツアーでした。
リバーブは、激しく蹴りすぎて、ツアーの終了と共に、可哀相なことに壊れてしまいました。ごめんよー。
へきるちゃんツアーには今でも参加していますが、当然、ミニモグもずっと参加しています。
同じく2003年、ゆずのツアーにも初参加。
写真は「すみれ」ツアーの時のもの。
ミニモグの下はRoland JP-8000ですが、なんとその下にMOOG SOURCE(ソース)が見えますね。
今は修理中。もう直らないかもしれない・・・。
ゆずでミニモーグ・・・(笑)。
いや、でも、どうにかして使わねば、と、メンバー紹介などで、スキマを見つけて弾いておりましたね。
こちらは、その後参加した、清木場俊介くんのツアーにて。
発売されている、僕が参加していた頃のDVDでは、ミニモーグソロもお聴きいただけます。
はい、セット奥に注目です。厚見さんからJupiter-8をお借りして、並べてしまったここは、なんと日本武道館。
記念すべき一枚であります。
KinKiKidsのツアーにて。
東京ドームでミニモグソロが弾けたというのは、やはり嬉しかったですね。
ステージの下には勿論レスリー147もセットしておりました。
そして、テルミンも。
「川村ケンの名前は、KinKiKidsにテルミンを持ち込んだ男として、永遠に残るよ。」とは、
バンマス吉田建さんが・・・ある夜、酔っ払って仰った言葉でした(笑)。
思い起こせは長い付き合いのミニモーグです。
しかし、これだけアチコチ持ち歩いていると、時にはへそを曲げる事もありまして。
ミニモグの内部です。こんなことになっているんですよ。
ホイールの裏なんかもご覧下さい。
ひとたび中を見れば、ミニモーグはこんなにも精密な“機械”なんですよね。
でも、その機械が、モーグ博士の天才的なアイデアと情熱で、鍵盤、ホイールいくつかのつまみを身に纏い、最高の音を、そして、最高の音楽を作ることができる道具になる、人を感動させることができる楽器になっているのです。
僕は、ミニモーグを、一生手放すことはないと思います。
たとえ、おじいちゃんになって、手の震えでヴィブラートが自動的にかかってしまうようになっても(笑)、
付き合っていきたいと思っています。
written by Ken Kawamura
えー、まだまだ書きたい続きが山ほどあるんですけど、今回の更新では一旦、ここまでにて区切らせていただきますね。
勿論、僕とミニモグの歩みがここまでというわけでは決してありませんので、
このページ、当然のように、今後も書き加えていきます。
どうか、お気を長く持たれ、で、時々覗いてみて頂ければ嬉しく思います。
で、出口はコチラです。
↓
Copyright 2012-2023 Midorichan Club. All rights Reserved.